今日はノートレ。
エントリーも決済もなし。
なのに、なぜかどっと疲れている。
不思議なんだけど、これは結構ある。
トレードしてない=何もしてない、ではない
ノートレの日って、
「何もしていない日」ではないんですよね。
むしろ、
- チャートはずっと見ている
- 入ろうか、やめようかを何度も考える
- 根拠を探しては否定する
- ルールに当てはめて、また悩む
これを延々と繰り返している。
実際のエントリーはしていないけど、
判断だけはフル稼働している状態。
一番疲れるのは「決断を保留し続けること」
エントリーした日は意外と楽。
- 入った
- 損切り or 利確した
- 終わり
結果が出ると、頭の中がスッとする。
一方でノートレの日は、
「入らない」という決断を
何度も何度も更新し続ける
これが地味に消耗する。
- ここ抜けたらどうする?
- いや、ダマしかもしれない
- でも他の時間足を見ると…
- いや、今日は様子見が正解か
判断が確定しない状態が長いほど疲れる。
チャンスに見える場面が多い日は特にしんどい
完全に動かない日ならまだマシ。
一番しんどいのは、
- 微妙に形ができそう
- でも自分のルールには完全一致しない
- 入れなくはないけど、入る理由も弱い
こういう日。
「今日はノートレが正解」と
頭では分かっているのに、
チャートはずっと誘惑してくる。
結果、
自分との我慢比べになる。
トレードしない日は「自制心」を使っている
トレードって、
勝ち負け以上に 感情コントロールの作業。
ノートレの日は、
- 欲を抑える
- 焦りを抑える
- 他人の結果を見ても手を出さない
ずっとブレーキを踏み続けている状態。
アクセルを踏むより、
ブレーキを踏み続ける方が疲れるのは当たり前。
疲れた=悪い日、ではない
ここが大事なところ。
ノートレで疲れた日は、
- 無駄なトレードをしなかった
- ルールを守った
- 口座を減らさなかった
という意味では、
ちゃんと仕事をした日。
トレードしてない=サボった、ではない。
個人的な結論
最近はこう思うようにしている。
- ノートレで疲れた日は
→ 「今日もルールが機能した証拠」 - 楽すぎる日は
→ どこかで雑になっているかも
トレードしない日の疲労感は、
成長している途中の副作用みたいなもの。
なので今日はさっさとチャートを閉じて、
無理に振り返らず終了。
こういう日があるから、
次に入るトレードが軽くなる。
…たぶん。














コメントを残す